広告主であるお客様と話していて、何となく最近感じる違和感は、商品の関与度に関わらず、全体として同じようなコミュニケーションデザインを望む傾向があるということ。

同じようなコミュニケーションデザインとは、「認知を上げたい」、「エンゲージメントも高めたい」、ときとして「コンバージョンレートも高めたい」、「ロイヤリティを高めて囲い込みたい」などというものです(だいたいこれらの組み合わせによるものが多い)。

予算30億円のときと3億円のときと3,000万円のときで最適なコミュニケーションプランが異なるように、商品・サービスの特性や関与度や販売チャネルによっても戦略は大きく異なるはずなのです。これは、コミュニケーション戦略以前に、マーケティング戦略の問題。

これは、ある種、コミュニケーションデザイン流行の功罪と言えるかもしれません。コミュニケーションデザインという概念は、様々な環境要因や商品特性を分析し、ターゲットインサイトやメディアインサイトの考察からメディアニュートラルでゴールを達成するコンタクトポイントを設計することなわけですが、いわゆる「成功事例」の上っ面をお手本として、リッチなインタラクティブコンテンツ、物語性、クロスメディアなどが「必ず入っていなければならない絶対条件」のようになってしまい、結果、一番解決しなければならないマーケティング上のボトルネックの解決や、商材に対する関与度や予算に関係なく、コミュニケーションデザイン的な企画やプロモーションが乱発されているように思うのです。

この前、「なぜ局地的ブームと社会的メガヒットの二極化が発生するのか」でも書きましたが、コミュニケーションプランを考える出発点として、一番、と言っていいくらい考えなきゃいけないのは、自社商品・サービスに対するターゲットコンシューマーの「関与度」です。

高関与商材と低関与商材では、コミュニケーションデザインの出発点もゴールも違います。でも、なぜかここを無視して、両者同じようなゴールを求める傾向があります。低関与商材である日用品ブランドも「エンゲージメントを高めたい」、「検索エンジン対策を講じたい」、「顧客を囲い込みたい」と希望するし、高関与商材でも「予算1,500万円のネットプロモーション(だけ)で認知度を高めたい」という要望があったりします。気持ちはとってもわかるんですが、そもそも、そうじゃないんじゃないですか・・・と。

毎日普通に生きている中で、すでに私たちのウォンツ(欲求)やニーズ(必要性)はほぼ満たされています。そして、選択可能な情報流通量も、認識する選択肢の数も膨大です。

そんな環境下で、商品やサービスのコミュニケーション戦略を考え、実行する上では、生活者がその商品を意識しているかどうかが全てだと思うんです。

市場はすでに高度成熟期に入っていますから、全体のマーケットサイズはもう拡大することはありません。ということは、自社の売上を増やすためには、①同一カテゴリー内における競合からのブランドスイッチを促すか、②新規需要を開拓するか、③業界として異業種から顧客を奪うか、道は3つしかない。コンセプトの新規性が強い商材は②の戦略が取れるけど、そうではない多くの商品・サービスでは、①の競合からのブランドスイッチ促進(もしくはマインドシェアなりLTVなりリピート購入/来店率の向上)が最も重要な戦略になっています。

ここで重要になってくるのが「関与度」と「意識」です。

高関与商材は意識的に商品を比較検討し、選びます。一方、低関与商材はほぼ無意識的に商品を比較検討し、選ぶ。この線引きは、比較検討時間の長さだったり、本人の「比較検討をしている」という意思の有無だったりします。

スーパーの店頭で商品購入を決定する時間は1~3秒とも言われます。その短い時間の中で、過去の経験や広告/クチコミの影響や店頭価格によって瞬間的に意思決定をし、カゴに入れるか否か決定します。

日用品の場合、商品に対する関与度が低いため、極論、何でもいい。人によっては選ぶのすら面倒くさい。飲料・アルコール、調味料、日配品など、残量が少なくなったら自動的に補充されるサービスがあったらむしろそれでもいいくらいと考える人もいるでしょう。

だからネットスーパーなどによるCRMプログラムが今後大きく注目されると思います。私たちは、「いつもの」もので十分満足しているのです。貴重な時間を使って「いつもの」商品の「補充」をする「つまらない」買い物はなくてもいいし、重い荷物を持たなくてすむ。

もちろん、全ての人がそうでないにせよ、毎日、毎週の買い物で、「今日はどんな商品があるかな・・・♪」とワクワクしながら買い物に行く人は稀でしょう。ちょっと過激な意見かもしれませんが、「生活者にとって広告は邪魔者である」と同じように、ここから発想を展開しないと、「全ての生活者は自社の商品のことをよく考えてくれている」と、出発点から2~3個のボタンを掛け違えてスタートすることになってしまうと思うのです。残念ながら、商品の担当者様は365日24時間、自社の商品(や競合商品)のことをずーっと考えていますが、生活者がその商品のことを意識したり考えたりする時間はその1万分の1とかでしょう。

私たちは、びっくりするくらい毎日、自動運転で生活をしているし、ほとんどのことについては習慣とローアテンション状態で接しています。その商品にハイアテンションな人が、どこまで現実的なローアテンションの状態をリアルに想像しながら戦略を組み立てられるか。ここが勝負なんだと思います。

話がそれましたが、ネットスーパーやECサイトのCRMプログラムがますます高度化していったら、ブランドスイッチを促すことはますます大変になります。マス商材における上位ブランドへの集中傾向は今後ますます高まるかもしれません。

一方、不動産や車やデジカメを購入する場合、一度買ったら買い替えがきかないため、ある程度比較検討をする。家や車やカメラが好きな(高関与な)人はなおさら比較検討をして、自分にぴったりの商品を選ぼうと努力します。ただし、車ならカローラ、デジカメなら3万円台の売れ筋商品あたりは、一般消費財に近い集中傾向が見られるでしょう。つまり、高価格帯商品でもさほど関与度が高くない人が購入する特定ブランドや、ランキングによって購入する浮動層ターゲットの商品などはこの限りではない、ということです。あくまでも、キーワードは「関与度」なんです。

このあたりを、「商品/関与別のコミュニケーションアーキテクト」として、ちょっと整理してみました。

Communication_architect_3

コミュニケーションデザインやAISAS理論の功罪は、全ての商品・サービスで画一的なプランニングが量産されてしまっていることです。もちろん、これは提唱した人や考え方が悪いのではなく、それを活用する側の問題です。言葉は悪いですが、とりあえず流行りだけ抑えて、面倒くさいことをしたくないという従事者の心理が生み出していると言えるでしょう。コミュニケーションデザインは、プランを考えるフレームワークなのであって、企画内容や手法の組み合わせ方ではありません。

何が良い、悪いではなく、商品の特性、関与度の高低、使用や選択時における意識の有無、ひいてはマーケットポジション(市場での地位や位置)によっても、重視される購買プロセス上の要素も、最も活用すべきメディアも異なるわけです。

関与度の低い商品で「エンゲージメント」を高め、「顧客を囲い込む」ことは困難ですし、高関与商材は認知よりもCRMによるLTV最大化を重視すべきなんです。もちろん、マーケティング戦略上、(当然ながら)全プロセスをカバーするわけですが、あくまで重点施策はしっかりとフォーカスすべきなんじゃないかと。その上で、自社のマーケティングを構造化して、ボトルネックを探り出し、それを解決するための企画とコンタクトポイントを設計する、という至極当たり前のことが忘れられている気がするのです。

と、最近仕事がいっぱいいっぱでブログ更新が滞っていたので、ちょっとまとめて考えを吐き出してみましたー。もちっと考えまとめんとな。。

コメント

  • 結局は「的」を知らなければ始まらないですよね。
    質、量、特性、耐性、歴史、将来いろいろと調べ知ることで自然とツールは決まります。
    ダーツの的にやぶさめぶち込むわけにも、ストラックアウトだといってるのにアーチェリー真剣に構えたり…。
    ほとんどがツールで考えるんですよね。クライアントにとっては予算もわかりやすいし、技術革新性もわかりやすい。提案する側も同じ。予算を提示しやすいし、結果を仮説しやすい。
    この悪循環はたとえば「今すぐウェブへ」とすればウェブ連動だと言ったり、コミュニティをわざと設置してインセンティブ的に誘導しておいて「口コミだ」と言ったりしてるからじゃないでしょうか。
    コンテンツ至上主義なんて最近いわれてるけど今も昔も同じですよきっと。
    「早い」「安い」「いい」はきっかけにしかすぎないってのをなかなかわかってもらえないんですよね。

    2009年5月30日22:24 | みーP

  • この理屈なら、プロダクトアウトのマーケティングやら、パーセプションチェンジが必要なマーケティングはできないねえ。

    2009年6月5日18:22 | タカヒロノリヒコ

  • 「コミュニケーションデザイン」の功罪 – Tribal Marketing ❤ ikedanoriyuki.jp http://t.co/qknKPEvwsm #Zenback @ikedanoriyuki

    →自分のアタマで考える、ってこの人のようなことをいうのだろうな。

    2014年3月27日12:01 | @kuropato

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