今日は当たり前なことを書きますよ。

ソーシャルメディアが登場する1億年以上前から、人間の心は半分が綺麗で半分が汚かった。ソーシャルメディアは、いままでは見えづらかった人の持つ黒い(陰の)部分を見やすくしたに過ぎない。

 

※画像出典:freepic.com

 

何を今さら、と思うかもしれない。

でも、このあたり、結構曖昧な気がするのです。あなたも、

 

  • 最近Twitterはいつも小競り合いが起きていて居心地が悪い
  • Twitterは殺伐としているけどFacebookは安心して投稿できる
  • (逆に)Facebookはカッコつけ投稿ばかりで気持ち悪い

 

などと感じたことはありませんか?

でも、陰陽の対極図にあるように、森羅万象、宇宙のあらゆるものは陽と陰の2つによって成り立っているわけです。光と闇、剛と柔、昼と夜、男と女のように、それぞれは相反しつつも、もう片方が無ければ存在することはできない。相反する陰陽の2つがバランスよく調和してこそ秩序が保たれる。

 

※画像出典:Wikipedia

 

人間の心も同じです。誰かを愛し、慈しみ、尊敬・信頼し、貢献したいという陽の心と、誰かを憎み、ねたみ、そねみ、軽蔑し、侮蔑し、妨害するという陰の心がある。この2つの心を切り離すことはできません。陰陽があるから人間なのです。

 

 

表に出ると周囲との軋轢を生んだり、軽蔑されたり、孤立する可能性が高まるため、いままでは隠したり、表だって発言されてこなかった人の持つ「陰」の部分。ソーシャルメディアはそれを表出させたに過ぎません。人間が変わったのではなく人の心を投影する媒介が変わったのです。

 

 

 いまは…

 

 

ひとつ性質が悪いのは、ソーシャルメディア時代の「陰」はサイバーカスケードを誘発するということです。本来、人の意見は多様なのに、ネット上で類似の意見が瞬時かつ大規模に結び付き、巨大な勢力を持つ。そして、極端化・閉鎖化したそれぞれの意見は対立や誹謗中傷を繰り返し、極めて流動的・不安定な状態をつくり出す(参考:Wikipedia)。これは本当に今後の課題だと思う。

 

 

蛇足。

いままで「ソーシャルメディアは、従来は見えづらかった人の持つ黒い(陰の)部分を見やすくしたに過ぎない」と書きましたが、同時に、「ソーシャルメディアは人の持つ白い(陽)の部分を誇張しやすくした」とも言えます。

 

 

これは、

あたりに書いた通りです。

だからですね、もう「あーもーソーシャルやだ」って言うのやめましょうよ。これ「あーもー人間やだ」って言ってるのと同義なんですから。ね。

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